松井忠次(松平康親)の妻、江原丹波守政秀の娘

松井城(波城)跡 西尾市吉良町小山田


松井忠次(松平康親)の妻は、三河国吉良荘江原郷(西尾市江原町)の領主で小笠原氏一族の江原丹波守政秀の娘です。彼女は忠次死後、嫡子康重に従い武蔵国騎西(埼玉県加須市)に同行して、慶長四年(1599)に騎西城で死去し、大英寺(埼玉県加須市)に葬られた。丹波守政秀は奇しくも井伊直虎の父直盛と同じく永禄三年の桶狭間の戦いで討ち死にし、墓は妙喜寺(西尾市江原町)にある。なお、江原氏の子孫は尾張藩士として存続した。また、彼女の母の姉妹は本多正信に嫁している。(ほぼ、「三河地方の深掘りサイト ”みかわこまち”」からの抜粋です。)