8代 忠暁(1719年生まれ、1778年没)

8代「忠暁」(ただあき)、通称は「平右衛門」、「万太郎」、「七蔵」でした。

享保5年(1720年)11月23日江戸に生まれました。

延享4年(1745年)12月24日に父「忠倫」の跡目を継ぐため酒井雅樂頭殿に伝え、小普請松下嘉兵衛の支配下となりました。

延享5年(1745年)3月28日に徳川家重(惇信院)に拝謁し正式に跡目を継ぎました。

寛延2年(1749年)2月23日に御書院番となり、曽我伊賀守組に入りました。

寶暦9年(1759年)11月15日 に山吹の間に召され徳川家重に拝謁し御番改めを仰せつけられました。また、翌16日に精勤が認められ上意により番頭大久保豊前守から金一枚を頂き、駿府在番を三度努めました。

宝暦11年(1761年)駿府在番の任期を残し江戸に戻ります。

安永4年(1775年)8月25日に太田駿河守組支配となり同組番頭となりました。そして同年12月11日布衣の許可を田沼殿主頭殿より伝えられました。

安永4年(1778年)12月18日に「隼人、忠休」を養子にします。

安永5年(1776年)7月21日に渋谷隠岐守組与頭川勝平左衛門が駿府在番において頓死したため、組替えが行われ後任として7月26日に駿府に参着しまし、同年10月15日に江戸に戻り徳川家重に拝謁しました。

安永7年(1778年)8月19日に59歳で亡くなりました。法名は「心光院信暁」です。墓石4番で眠っています。

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